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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)794号 決定

抗告人 板谷勘兵衞

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は「原決定を破棄する。抗告人の申請を認容する趣旨の」裁判を求める旨申し立てて、その理由として、別紙記載のとおり主張した。

抗告人は、本件賃貸借契約には、相手方日向野留吉のその賃借地上に所有していた建物が焼失した場合には、家屋を新築するには抗告人に協議すべき旨の特約があつたのに、相手方は右特約に反して抗告人に協議しないで家屋を新築したので、本件賃貸借契約を解除した。それなのに原裁判所は右特約は借地法第一一条に反して効力がないとして、契約解除の効力が生じたことを前提とする抗告人の本件仮処分申請を却下したのは失当であると主張する。

本件記録に綴ぢられている本件の賃貸借契約書(疎甲第五号証)によれば、本件の賃貸借の期間は大正十年一月一日から満十ケ年と約しているが、普通建物所有の目的のものと認めるを相当とするから、借地法第一一条、第二条によつて、その期間は三十年なりと解するを相当とする。抗告人はなにも特別の事情を主張していないから、右期間は昭和二十六年十二月三十一日に更新したものと認められるから、そのときからさらに三十年延期されたものといわなければならない。抗告人の主張するところによれば、相手方の本件土地上の家屋は昭和三十二年十月二十三日焼失したが、そのために相手方の右賃借権はなんの影響を受けなかつたと解するを相当とする。抗告人は本件賃貸借契約には、相手方において、本件土地上に建物を新築するときには抗告人の承諾を得る旨の特約があるのに、相手方は承諾を得ることなく建物を建築し、右特約に反したから、本件賃貸借契約を解除したと主張し、抗告人の提出した疎明方法によれば、右のような特約が存することは認められる。しかしながら、相手方は本件賃貸借の期間中はその目的のために本件土地を使用し得る権利を有するものであるから、もし右特約が、相手方の右権利を害する趣旨であれば借地法第一一条によつて無効と解するを相当とするが、その趣旨でなければ有効であると解さなければならない。たとえば、右特約の趣旨が、本件契約の目的を変更する堅固な建物を建築するような場合には抗告人の承諾を必要とする趣旨であれば有効であるが、普通建物を新築し、または普通建物を改築するような場合にまで抗告人の承諾を必要とする趣旨であるとすれば、無効であると解するを相当とするから、右特約の趣旨は無効の特約と解するより、右のような有効な特約であると解する。抗告人は相手方は本件土地上に堅固な建物を築造すること必至であると主張するが、この事実を認めることのできるなんの疎明もない。そうだとすれば、本件賃貸借契約が有効に解除せられたとの抗告人の主張はまだ認めることができないし、この点については担保で疎明に代わらせるのは適当でないと認める。なお理由末段の信義則背反の主張も、上記判断に照らしその理由がないことが明かであり、他に右主張を認めるに足りる事実の疎明もない。

そうであるから、原決定とその理由は異るが、抗告人の本件仮処分申請を却下した原決定は結局相当であるから、本件抗告を棄却し、主文のように決定する。

(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)

別紙 抗告の理由

一、本件仮処分申請の理由は原審提出の申請書記載の通りであつて、之を疎明すべき資料は疎甲第一乃至九号証迄同じく提出してあり申請の理由と此の疎明資料とを併せ見るならば仮処分は認可さる可き十二分の根拠あるものと信ずる。

二、然るに原審は、申請人が右申請書に記載して主張した「本件土地賃貸借には借地上の建物の増、新築、改造、大修繕をなす場合には予じめ賃貸人の同意を得て後着手すべき事。之に違背した時は賃貸契約の解除ができる旨の特約があり、相手方には此の特約違背の行為があつたから解除した」(申請書一、二項の要旨)との事実に対し「借地上の建物が不慮の火災により滅失した場合、賃貸借契約の期間が残存する限り、賃借人は右土地に従前通りの種類の建物を築造し得べきことは当然であり、賃借人の右築造行為を制限する如き特約が仮りにあつたとしても右特約は借地法第一一条により賃借権者に不利な条件として無効と解すべきである。(以下畧)」となし前示決定をしたのであるが、之は借地法の解釈を誤まり又は本申請の全容に対する認識を誤まつたものと信ずる。即ち

(1)  借地権の存続期間は専ら建物の種類、構造により定まり、之を若し借地人が随意に建物の種類構造を変更し、随意の建物を新増築し又は既存建物の大修理をなし得るとせば借地権の存続期間は賃貸人の正当な予期に反して、賃借人の一方的な意思のみで随意無制限に伸長される危険性が多分に存する。又かゝる行為が賃借人の一方的意思のみで適法に行い得るとせば、借地法第十条の請求があつた時亦賃貸人は予期以上の重い負担に任ぜなければならない結果となり、然らずとするもそれら行為の当否及び法的効果につき深刻長期に亘る粉争の頻発することは顕著な事実だと云ふ可く、斯くの如きは通常数十年の長期に亘る借地関係当事者間の平和、適正、信頼の生活関係持続の為め好ましからざる事実だと思ふ。されば、右等の行為をなさんとする時には予じめ賃貸人にその計畫を申入れ、双方信義則による話合を遂げ、然る後着手すべき事を賃貸契約で定める事が賃貸人の正当な利益を害すると為す可き理由は絶対にない。而して此かる定めを、有効に結んだ場合、之を無視した違背行為を敢行した不徳漢に対しては、その行為に緊急にして而も正当な理由のない限り永続契約の当事者としての信頼性は全たく失はれる事となるから、解除権を留保する特約亦無効とさる可き理由はない。

(2)  右の理由は、「地上建物が不慮の火災により滅失した場合」と同じである。此の場合元より借地人は借地権の内容に副ふ建物を再築する権利はあちらから、之を禁止し又は不当に制限する特約は無効と解され様。然も、再建築の場合に旧建物と同種、同等殊に存続期間を迄同じ建物の再建は絶対不能事であり、建築基準法その他の関係もあるから必らずや若干の構造変更が必然であり、存続期間に至つては通常数十年長期に存続すべき建物となるのは疑ひなく又かゝる永続すべき堅牢な建物の再建こそ国家経済上歓ぶべき可き事でもある。だが、此の場合とて、その工事を賃借人の独断で行ふ時は、土地使用方法変更の有無残存期間満了後の更新の可否、買取請求権の有無やその程度につき争の起る危険が多く、その結果は必らずしも賃借人の利益に了るとは保し難い。而も、旧建物が建築後数十年を経た木造建築である如き時は、更にその「朽廃すべかりし時期」とか残存期間満了時に於ける「買取らる可き価格」とかの点で極めて復雑、困難な粉争が之に加はることは避けられない事実だと考へる。

従つて、此の場合も亦着工前工事内容を賃貸人に告げ建物の種類、構造、用途とか、残存期間の伸長やその条件等につき円満に話合を遂げ、然る後に之を行ふ事こそ当事者双方に利益であり、平和にして正しい善隣秩序社会を保つ為めに望ましい事であり、此の種の予じめ協議すべきの制限を附する特約が、不当に賃借権者の借地法上有する権利を制限したとして無効と解する理拠はあり得ない。むしろ借借地権行使上当然従ふ可き信義則の若干を特約化したものと解さる可きである。

(3)  本件の契約は大正十年一月結ばれ、当時建築の建物は木造で朽廃に近く、且つ残存期間も僅少である。然るに、相手方は建物滅失後直ちに而も何ら緊急な必要がないのに無断で建物二棟を急造し、抗告人へは、内容証明便で不当虚構な内容による借地権を確認強要する趣旨の通告をなし来り、更に続いて建築を強行せん勢を誇示してゐるものである。(疎甲第七、九号証援用)此くの如きは何等の特約なかりしとしても断じて賃借権の信義則にそふ行使とは云ひ得ない。況んや右(1) (2) 記載の趣旨の特約ある本件に於てをや。されば、右相手方の行為により信頼性全たく失はれた抗告人が、之を特約違反として解除権を行使したのは極めて当然であり、非議さる可き処毛頭ないと信ずる。(疎甲第五八号証援用)而して、現状の変更等仮処分の必要性は疎甲第九号証の記載によつて明らかに疎明されてあるもの故之を認容すべき当然な事実及び法律上の根拠を備へあるもの而もその事実の疎明又相当であるに拘らず、之を却下した原決定は何れの見地から見ても不当だと信ずる。

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